ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

ゴーリキー『どん底』|に・ん・げ・ん。って素晴らしい!のか?

ロシアの作家、ゴーリキーによる戯曲。先日仕事で最悪なフィードバックをもらって以来落ち込んでいる私ですが、「仕事で大失敗したときにおすすめ」といった感じでどこかのブログで紹介されていて手に取った作品。蓋を開けると(ページをめくると?)、仕事の失敗というより、真実とは何か、人間とは何か、苦しみ、希望とは何かなど、かなり大きなテーマを扱った内容。

最近日本で上演されたようで、それに合わせて出た新訳とか。いつか実際に見に行きたいものです。調べると、黒澤明ゴーリキーを基にした映画『どん底』を作っているようなので、まずはそれを観てみよう。

以下は印象的だった部分。

おめえはどこ行ったって余計者だ・・・・・・そうだろ、この世に生きてる人間はみーんな余計者さ・・・・・・(P47)

だけど・・・・・・もう少し生きてたいの・・・・・・生きられたらなあ・・・・・・もう少しだけ!・・・・・・あの世に苦しみがないんだったら・・・・・・この世でもうちょっとだけ我慢できるわ・・・・・・我慢できる!(P66)

誰もみな苦しんでいる。それぞれの苦しみを。死んだ先に安らぎが待っているなら、アンナの言うとおり、もう少し我慢できるはずだ。

信じるなら神は存在する。信じなければ存在しない・・・・・・何だって信じていれば存在するんだ・・・・・・(P72)

ルカじいさんのセリフだが、自分も似たようなことを以前口にした記憶があって、そのときはなんだか馬鹿にされたような思い出が。

もしかすると、ワーシャ、あたしが愛してたのはあんたじゃなくて、あんたの中に見つけた、あたしの希望、自由になれるっていう考えだったのかもしれない・・・・・・(P76)

人間は誰だって、生まれて、生きて、死んでいくのさ。おれも死ぬし、おめえも死ぬ・・・・・・かわいそうがることなんてないさ!(P87)

「おれは働いてる人間だ」って。まるで、みんな、あいつより下だと言わんばかりに・・・・・・好きなら働くがいいさ・・・・・・だけど、それを自慢することもなかろう?人間の値打ちが働きぶりで決まるんなら・・・・・・馬にかなう人間なんてどこにもいねえよ(P104)

Anti-Work界隈で好まれそうなセリフ。

おれよりもたくさん盗みをしても尊敬されて暮らしてる連中がいるんだから、と自分を慰めたりする・・・・・・でも、そんなのは何の救いにもならねえ!そうじゃないんだ!おれ、別に後悔はしていねえ・・・・・・良心なんてものも信じねえ・・・・・・だけどな、ひとつだけ感じるんだ、今とは違ったふうに・・・・・・生きなきゃいけねえって!もっとまっとうな生活をしなきゃいけねえんだ!自分で自分を尊敬できるような・・・・・・そんな生き方をしなきゃいけねえんだ(P109)

わかる。すごくわかる。

あのじいさんは、真実ってもんが嫌いだった・・・・・・ひどく真実ってやつに対抗していた・・・・・・そりゃ当然さ!そうだよ、ひどい真実じゃないか?そんなもんあったところで・・・・・・息がつけねえんだ・・・・・・公爵どんにしたって、仕事をしていて手を潰されちまった・・・・・・手をばっさり切断せにゃならんそうだ。いいか・・・・・・これが真実ってもんなんだ!(P139)

親しい人に対する思いやりから嘘をつく人間もたくさんいるって、おれは知ってるんだ!本で読んだんだ!そういう人たちはじつに美しく、魂を込めて、精神を高揚させながら嘘をつくんだ!人の心を慰める嘘もあるし、仲直りさせてくれる嘘もある・・・・・・労働者の手を押し潰す重労働を正当化する嘘もあれば・・・・・・飢え死にする人たちを悪者にしちまう嘘もある・・・・・・おれは嘘ってものを知っている!心が弱いやつ・・・・・・他人の甘い汁を吸って生きてるやつにゃ、嘘は必需品だ・・・・・・嘘に頼って生きるやつもいれば、嘘を隠れ蓑にするやつもいるからな・・・・・・だけど、完全に自立した人間・・・・・・独立した、他人を食い物にしない人間には嘘なんて、まったくいらねえ!・・・・・・嘘は奴隷と主人の宗教だが・・・・・・真実こそが、自由な人間の神さまなんだ!(P140)

嘘というものの多面性。しかし、そこから完全に自由になったとき、そこに真実はあるのだろうか。嘘まみれの中に生きている自分にはまったく現実味がわいてこない。まさに、嘘を隠れ蓑にして生きているようなもんだから。

おまえさんたち、生きとし生けるものはみんな、より良きもののために生きているんだ!だから、どんな人間も尊敬してやらないといけない・・・・・・その人がどういう人間なのか、何のために生まれてきて、何ができるのか、おれたちにはわからないんだからな・・・・・・もしかしたら、おれたちを幸せにするために・・・・・・おれたちに大いに役に立つために生まれてきたのかもしれないんだ・・・・・・とくに子供たちは大切にしなきゃな・・・・・・小さな子供たちはな!子供たちには果てしなく拡がる大地みてえな自由が必要なんだ!子供たちが生きるのを邪魔しちゃいけない・・・・・・子供たちは尊敬してやらなきゃ!(P142)

そしてここに人間に対する絶対的な尊敬が生まれる!これを信じることができれば!

人間は信じることもできれば、信じないでいることもできる・・・・・・それはその人間の勝手だ!人間は自由なんだ・・・・・・人間はどんなことでも自分の裁量で選ぶんだ。神を信じるか、信じないかも、恋愛や思想に関しても、人間はすべてを自分で選び取り、自分でその代償を支払うんだ。だから、人間は自由だ!・・・・・・人間、これこそが真実だ!人間っていったい何なんだろう?・・・・・・それはおめえでもないし、おれでもないし、やつらでもない・・・・・・そうじゃないんだ!それは、おめえも、おれも、やつらも、あのじいさんも、ナポレオンも、マホメットも・・・・・・みーんな一緒にしたものだ!(空中に指で人間の姿を描く)わかるか?それは、途方もなく大きなものなんだ!そのなかにすべての始まりと終わりがある・・・・・・すべてが人間のなかにあるし、すべてが人間のためにある!存在するのは人間だけなんだ、それ以外のものはすべて、人間の腕と脳みそ次第なんだ!にんげん!それはーーーじつに素晴らしい!何と誇り高い響きがするんだろう!に・ん・げ・ん!人間は尊敬しなきゃいけない!・・・・・・哀れむのでもなく・・・・・・同情して蔑むのでもなく・・・・・・尊敬しなきゃいけないんだ!人間に乾杯しよう、男爵!(P149)

すべての始まりと終わりがある、総体となるものが人間。いやそれが世界そのもの?ひょっとすると、それが神と呼べるのかもしれない。

岩波の古い訳も読んでみたい気がしてきた。