ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

『人間の絆』サマセット・モーム(新潮文庫)

この世に生まれて四十数年たち、人が生きることについて、自分なりにある種の答えというか、見方ができるようになった。それは自分の経験から来るもので、楽しかったことやつらかったこと、主に後者になるが、あくまで自分の半生から導き出したものだ。自分が経験してきた、非常に(平凡ながら)独特な体験や感情から見えてきたもの。そう、あくまで自分だけの「結論」だと思っていた。

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サマセット・モームの『人間の絆』を読みながらただただ驚いた。ここには自分のことが書かれている。状況はまったく違えど、ここの体験はまさに自分が四十数年生きてきた体験そのものだ、と。

著者本人による「序」(面白いことに最後に掲載されている)にはこうある。

『人間の絆』は自伝ではなく、自伝的小説であって、事実とフィクションが分かちがたく入り交じっている。ここに描かれた感情はわたしのものだが、実際の出来事がそのまま描かれているわけではなく・・・(後略)

ここに描かれた感情はあなただけのものではないぞ、とモーム氏に伝えたい。もうそれだけ。

いつの日か、宇宙人と話す機会があり、「人間というのはどういうものかね」と聞かれれば、迷わずこの本をすすめたい。少なくとも、僕が思うところの、一人の人間として生きること、それに関わる喜び、痛み、憤り、不安、あらゆる感情がほぼこの本に書かれている。

さて、今回読んだのは新訳として最近出版された新潮文庫版。訳文は新訳らしく読みやすく、とくに問題はなかったのだが、訳者あとがきにはこうあった。

高校の頃、中野好夫訳で読みながら、主人公のフィリップを、ほんとにいやなやつだなあと思ったのをよく覚えている。訳してみると印象が変わるのかと考えていたのだが、意外とそのままだった。

フィリップの行動には「あちゃー」と思うところは多かったが、「いやなやつ」という印象はなかった。全編を通して「自分を見るようで心が痛い」という感情が占めていた。なんだかこの訳者あとがきでは、個人的に攻撃されているようでつい笑ってしまった。もちろん訳者を責めているわけではなく、あくまで僕が描いてきた人生の「模様」が、この訳者のものとは相当違うということだろう。

いずれにしても、今度は別の訳で読んでみるか、原書に挑戦してみたい。

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