ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

『A』森達也

オウム真理教とは何なのか。あらゆるフィルターを取り除き、その実態をそのまま「生」の状態で捕らえようとしたドキュメンタリー映画『A』の副読本、いや解説本といった内容。実際のドキュメンタリー映画も並行して視聴しながらあっという間に読み終えた。 …

『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー(ハヤカワepi文庫)

ディストピア小説の源流と言われる本作。僕がSFに慣れていないだけなのかもしれないが、かなりの衝撃だった。 ここで描かれているディストピア/ユートピアとは何と恐ろしい場所なのか。そして、なぜだか現代社会の姿が透かし絵のように浮かび上がってくる。…

『石垣りん詩集』岩波文庫

詩集というものを、生まれて初めて読んだ。 詩というものは自分には難しいと思っていた。常人には想像すらできない感性。常人には理解できない表現方法。常人には想像できないほど巧みな言葉づかい。 考えてみれば、難しそうな芸術だって、プロしかわからな…

司馬遼太郎『新装版 翔ぶが如く』全10巻

今年の春頃から読み始めていた司馬遼太郎の『翔ぶが如く』全10巻、ついに読了。10冊ともなれば巨大長編ということになるが、Kindleの、しかも合本版だったので、「これを全部読んだのかー!」と目の前に全巻積み上げて、感慨深げに振り返ることができないの…

『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』ヤニス・バルファキス

資本主義ではもう駄目だとして、何か「別のやり方」が必要だとして、ではどのような社会を想像すればよいのか。「想像」というのは、今の段階では、まったく指針となる未来像がないから。ざっくりとだが、資本主義と共産主義という大枠でしか世界を考えるこ…

『愚か者同盟』ジョン・ケネディ・トゥール

ピュリツァー賞受賞の爆笑(?)労働コメディ『愚か者同盟』。社会批判も散りばめつつ、あくまでブラックコメディ。しかし最後には、これはロマンス小説だったのか、青春小説だったのかと錯覚してしまう不思議な物語。 英語圏では必読書によく挙げられ、いつ…

『みんなの寅さん from 1969』佐藤利明|「男はつらいよ」2周目完走

コロナ禍に入ってから見始めた「男はつらいよ」シリーズ。すっかりファンになってしまい、先日とうとう2周目を完走。自分のことながら、合計50作もある映画をこの短期間で2周も見てしまうんだから、少しあきれつつも、3周目はいつ始めようかと、まだまだまっ…

『『男はつらいよ』の幸福論』名越 康文

またまた飽きもせず、寅さんネタの本。 今回は精神科医による著作ということで、若干異色。名場面を振り返りながら、精神科医が車寅次郎やほかの登場人物の深層心理を探る。 寅さんはなぜあそこまで女性に対して及び腰なのか。彼は草食男子の走りだったのか…

『最後の付き人が見た 渥美清 最後の日々 「寅さん」一四年間の真実』篠原靖治

渥美清の最後の付き人が語る渥美清の思い出話。渥美清が亡くなるまで14年の間付き人を務めたそうだ。特に晩年の渥美清の姿が印象的。 付き人といっても基本的には『男はつらいよ』の撮影現場が中心だったようだ。渥美清との関係性は兄貴と弟分、『男はつらい…

『人間の絆』サマセット・モーム(新潮文庫)

この世に生まれて四十数年たち、人が生きることについて、自分なりにある種の答えというか、見方ができるようになった。それは自分の経験から来るもので、楽しかったことやつらかったこと、主に後者になるが、あくまで自分の半生から導き出したものだ。自分…

『「日本の伝統」の正体』藤井 青銅

二礼二拍一礼というのがどうも苦手である。 神社巡りは人並み以上に好きで、国内旅行に出かければまず神社を調べる。別に信心深いというわけではなく、あくまで歴史的背景に興味があって回るのだ。しかし(神社から見ればはた迷惑なのだろうが)せっかく訪れ…

『アリエリー教授の人生相談室 行動経済学で解決する100の不合理』ダン・アリエリー

行動経済学の先生が人生に関する素朴な疑問に答えてくれるありがたい一冊。ボリュームは少なめ。著者は『予想どおりに不合理』で人気のダン・アリエリー。なんだか聞いたことのある話が多かったのは、たぶん『予想どおりに不合理』で紹介があった話だろうと…

『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』スティーヴン・ウェッブ

旅行中に見つけた思い入れのある本。この本に出会ったのは10年近く前。アメリカ旅行中に立ち寄った公立図書館で、本書の原書である『Where is Everybody?』を見かけた。面白そうだとメモし、日本に戻ったら読もうと思い、まあ当然忘れてしまっていた。そして…

『人類と気候の10万年史 過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか』中川毅

気候変動と聞いて頭に浮かぶのは、環境破壊、二酸化炭素、SDGs、グレタさん、などなど。巷でも騒がれている、現在の人間の活動による今後50~100年の地球温暖化の問題である。ほぼ手遅れに近いとされている近年にやっと世界的に盛り上がってきた、あれである…

『波止場日記―労働と思索』エリック・ホッファー

ゆっくり、とにかくゆっくり、毎回数ページずつ読んだ。他人の日記を読ませてもらうのだから、それだけ丁寧に読まなければ失礼だろう。 ホッファーについては最近『大衆運動』の新訳が発売されている。今こそ読むべき本なのだろうか(常にそう言われ続けてい…

『向田邦子ベスト・エッセイ』向田 和子 編

学生の頃、たぶん夏休みだったと思う。父親の仕事の手伝いに客先にかり出されたことがあった。家では寡黙だった父。大人になった今では対等に話せるようになったが、自分が高校生の頃までは父が怖かった。中学1年の頃、英語の宿題だったかテスト用紙だったか…

『円』劉慈欣短篇集

三体シリーズですっかりファンになってしまった中国のSF作家、劉慈欣。本書は彼の短編集。 時系列の順番に並んでいるので、劉慈欣の作風の変化なども楽しめるのだろうが、どれももれなく面白く、やはりこの人は才能の人なんだろうと再認識した。 SFと一口に…

『勝手に生きろ!』ブコウスキー

何年か前、ブックオカの古本市で手に取ったブコウスキーの本。 「男ならブコウスキーですよ」と声をかけられ、そのまま買った。 ブコウスキーという名前は長年知っていて、十数年前だろうか、一度は原書(たぶん本書)に挑戦して挫折していた。そりゃそうだ…

『韓国の若者 なぜ彼らは就職・結婚・出産を諦めるのか』安宿緑

朝鮮半島にルーツを持つ著者が韓国の若者の声を聞き、「住みにくい」と言われる韓国の現状を伝えたルポ。コロナ直前頃に取材した内容が主なので、まだ情報の鮮度も高い。短いインタビューが多いが、それでも現在の生の声が聞けるのは貴重だ。テレビで見かけ…

『一汁一菜でよいという提案』土井善晴

「食べること」について考えることが多くなった。 きっかけは先日読んだ食欲に関する本。それからアナーキズムの本。自分が日々食べているもの・ことについて、自分なりに考えるきっかけになり、また食品業界に対する怒りもふつふつと沸いてきている。 そこ…

『街道をゆく 6 沖縄・先島への道』司馬遼太郎

急遽沖縄に行くことになり、道中のお供に選んだ「街道をゆく」シリーズの沖縄編。こんなときはKindleが本当に手軽でよい。 本書の行き先となったのは沖縄本島と、先島と呼ばれる石垣島を中心とする離島エリア。沖縄の(主に厳しく苦しかった)歴史を思い出し…

『戦場のコックたち』深緑 野分

戦場という日常の中で繰り広げられる探偵劇。推理小説ではあるが、まじめな戦争文学でもあった。心がほっとするエピソードも交えつつ、舞台となるのはあくまで戦場。死の影がじわりじわりとにじり寄る。物語が進むにつれ、戦争の影は濃くなっていく。安易な…

ローベンハイマー / シンプソン『科学者たちが語る食欲』|動物から学ぶ健康的な食生活のヒント

なぜ私たちはつい食べ過ぎてしまうのか。この際限のない食欲はコントロールできるのか。食欲はそもそもコントロールすべきものなのか。食欲は信用するべきでないのか。 現代社会が抱える肥満という問題。その仕組みと解決策を動物から学んでしまおう、という…

ブレイディみかこ『THIS IS JAPAN :英国保育士が見た日本』

ここ数年よく書店で見るようになったブレイディみかこ。そのブレイディ氏による2016年の日本取材記。現在は文庫になっていて手に入りやすい。 長らくイギリスに住んでいたブレイディ氏が、久しぶりに日本に長期滞在し、その間の取材をまとめたのが本書。 取…

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

ああ、長かった。読み始めたのが確か去年の12月。3か月かかったことになる。夜寝る前にちびりちびりKindleで読み進めたが、これだけ時間がかかるとやはり、読んでは忘れ、の繰り返し。それでも読み終わってみれば、楽しい本だった。上下巻と大作ではあったが…

ファン・ジョンウン『ディディの傘』|もし自分にも小説を書けたとしたら

韓国の小説家ファン・ジョンウンによる短編集。「d」「何も言う必要がない」の2作品収録。 「d」 とにかく悲しい話。時代背景はセウォウル号の事故が起きた頃。あの頃の韓国社会というのはなんとも表現できない暗い時代だった。若い命が不条理な形で多数奪わ…

森元斎『もう革命しかないもんね』|革命後の世界を実践しようぜ

「もう革命しかないのか」。心の中でそうつぶやくことが近年増えてきた。傍若無人に振る舞う上層の1パーセントを見たとき。残りの99パーセントの我々が、みっともない内輪のいざこざを起こして分断を深めている姿を見たとき。意味もわからずそうつぶやく。 …

小林 佳世子『最後通牒ゲームの謎』

「最後通牒ゲーム」という心理学の実験を軸に、人間の行動とその心理を探る、ゲーム理論・進化心理学・行動経済学の入門書。 先日読んだジョナサン・ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』と同分野の本で、本書でも何度か言及があった。 yushinlee.hat…

ジェフリー・ディーヴァー『エンプティー・チェア』|<リンカーン・ライム>シリーズ第三作

精神的にまた谷の期間が訪れた。何も考えたくないときには推理小説が一番。毎度のことながら松本清張を手に取りかけたが、この前リンカーン・ライムシリーズをいくつか買っていたことを思い出し、久しぶりのジェフリー・ディーヴァーを満喫した。 本作は<リ…

ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか』

世界的に社会の分断が著しい。右派と左派の断絶を日常的に感じるようになったのは、単に自分が年を食ったからなのか、それとも本当に社会の断絶は深まっているのか。どうやら後者のようだ。そしてこれは日本だけの話ではない。 こういった政治的な対立の激化…