ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

中野孝次『清貧の思想』|清貧なる「はみ出し者」の社会はいかなるものか

バブル崩壊のまっただ中とも言える1992年にベストセラーとなった『清貧の思想』。この本のことを知ったのは確かこの朝日新聞の記事だった。

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なるほど、これは読んでおいたほうが良さそうだと買い求め、しばらく積んでいた。

その後、まったく違うルートで『方丈記』に興味を持ち、セール時に積んでおいたKindle本の現代語訳+解説本があったので読んだ。その流れで、同じシリーズの『徒然草』にも手を出した。

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この2冊の著者・解説者であったのが中野孝次氏。解説がわかりやすく、共感の持てる解釈だったので、方丈記を読みながらほかにも現代語訳を出していないか調べてみたら、そこで『清貧の思想』の著者であることに気付いた。別ルートで興味を持った本が同じ著者だったという、まあどうってことない話ではあるが、個人的には不思議なつながりを感じ「おぅ」と唸ったのであった。

さて本書。鴨長明兼好法師に加えて、良寛西行本阿弥光悦など、先人の逸話や知恵を紹介しながら、本当の人間の生活は何なのかと問う。そしてタイトルにもあるとおり、「清貧」こそが日本人、そして広く人間の生き方に不可欠な思想であると説いている。

2022年の今年からすると、もう30年も前の書籍である。コロナ後の世界を思うときに、また再ブームが来てもおかしくない内容なのだが、そもそもこの30年間で変わることができなかったことを思えば、私たちはなんと愚かなのかと、軽く絶望も感じる。気候変動だってそうではないか。日本がバブルに浮かれる頃から、有限である資源を無制限に使い果たそうとでもいうかのようなやり方。その危うさは問われていた。そして今、ほぼ手遅れの状態になりながらも、まだ変わろうとしない。

この前に読んだピンチョン『ブリーディングエッジ』でも、ある登場人物がこんなことを言っていた。あの911があって、ワールドトレードセンターが崩れ落ち、更地となったとき、私たち(アメリカ人)はそれまでのやり方を見直してやり直す機会があった。しかし、私たち変わらなかった。それどころか、もっと深く堕落したのだ、と。私も311の後、同じような思いを抱いた。これまでのやり方を見直すよい機会だと。「もっともっと」の消費社会に区切りを付け、新しい、成熟した社会を築き始める機会だと。それが何よりの弔いになると。しかし、私たち(日本人)も変わらなかった。そしてアメリカと同じように、私たちもさらに堕落したのだ。

本書に戻る。長明や兼好法師良寛らの思想がうまくまとめられていて、ここから読書を広げていくにはよい入門ではある。しかし、やはりあくまで個人の生き方という視点に限られてしまう。彼らのような「はみ出し者」になるのも結構だし、そこに本当/本来の「正しい」生き方/生活があるとは思う。しかし、はみ出し者になるのはそれほど難しくはない。今問われるのは、ではどういう社会にすればよいのか。このようなはみ出し者が一定の割合生まれれば、必然的に社会は変わるのだろうか。それはいったいどのような社会なのだろうか。環境問題に対応する最後のチャンスが今だとして、ではどのような社会を夢想し、実現に取り組めばよいのか。もう、このようなミニマリスト的な生き方を奨励するだけでは手遅れなのだろう。そういう意味では、残念ながら、本書の賞味期限はすでに切れているのかもしれない。

本書を読みながら寅さんのことも考えた。高度成長まっしぐらという時代から『男はつらいよ』がすでに日本人に受けていたというところに、少し希望を感じる。あれは渥美清/車寅次郎の魅力だけではなく、あの風来坊のような、あの鞄一つでふらりと訪れ、また気がついたらふらりと去って行く、あの姿にどこか憧れ、そこに「あるべき(日本人の)姿を見たのだと思う。そして妹のさくらの「お兄ちゃんはいいわねぇ」という言葉に共感した。俺も/私も寅さんのように生きたい。これは時にさくらやマドンナ役やつぶやくだけでなく、視聴者もまた心の中でつぶやいていた。

日本人の思想の根底には、兼好法師良寛のような、清貧を善しとする思考が流れているのだろうか。ひょっとすると狩猟民族を祖先とする我々人類に共通する考えなのかもしれない。そこにはわずかながら希望を感じる(911・311後に「裏切られた」ことも忘れてはならないが)。

トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』

元不正会計調査の"シングル"マザー。21世紀に入ったばかりのニューヨーク。911を巡る陰謀。死体。家族。ロマンス。逃亡。歪みを見せ始める資本主義社会。まだまだ記憶に生々しい911を背景とする、陰謀系探偵小説。ただし、それほど謎解きもないし、単なる探偵もの、推理小説でもない。これがピンチョンなのかと、不思議な読書体験だった。

ピンチョンというと難解なイメージだけがあり、どこか距離を置いていたが、こんなテーマならなんとか読めそうだ。いや、面白くないわけがない。ということで手に取った。

噂通りというか、非常に解像度の高い内容。この当時のアメリカ文化やネット文化を多少は知っていたつもりでも、付いていくのが大変。またシーン展開も速く突然で、これは誰がしゃべっているんだ?と混乱してしまうこともある。訳者によると意図されたものらしいのだが、やはり「ページターナー」という感じでは読み進められない。それでも、これだけのボリュームの小説を(暇だったとはいえ)4日ほどで読めてしまった。結論としては面白かったと言える。いい本を読んだという例の読後感もある。

まだ読み終えたばかりだが、印象に残ったシーンも多い。資本主義なんぞクソッたれだと感じてる今現在だからか、主人公とその父親が語るシーンや、友人のマーチが活躍する場面など、強く共感できる、気持ちがスカッと晴れるシーンはまだ色濃く脳裏に残っている。

そういえばこの頃は、この小説で描かれる「ナード」に少し憧れていたことも思い出した。結局そのオタク道には正式には進まなかったのだが、その残滓のような知識や経験で今は何とか食べているようなもので、そういった意味では、どこか青春小説のような感触もあった。

それにしても、現代のスマートデバイスを身につけて謳歌する「自由」とはなんだのだろうか。Apple Watchが発表されたときは「囚人じゃないんだから」と笑っていた自分の左腕には、今Apple Watchが巻かれている。

なんだか、自分も2001年に連れ戻されたような気分だ。そういう意味では、何よりもノスタルジックな小説だったのかもしれない。

韓国映画『マルモイ ことばあつめ』|祖国とは国語である

日帝の植民地下にあった朝鮮半島で、日本により名前を変えられ、言葉を奪われつつあった人々の闘いを描いた韓国映画朝鮮語学会事件として知られる事件がベースになっている。

祖国とは国語である

こう言ったのはルーマニア出身の思想家シオランだが、自分たちの言語を守るというのは、まさに祖国を守るための闘いそのものだった。だからこそ、辞書作りというのは、(本人たちが意識していたかどうかにかかわらず)ああいう時代背景ではまさに独立をかけた闘争だったのだ。ハングルの詩を書き続けた尹東柱が投獄されたのも、このような背景があってのことだろうと思う。

テーマとしては非常にシリアスな内容だが、ユ・ヘジンが主演していることもあってちょうどいい「ゆるさ」も出ていた。韓国では万人受けするだろう内容。日本人は当然圧倒的な悪者役で登場するので、日本での受けはどうかわからない。本当は日本の役者がやるとまだ作品が引き締まるのだろうが、やりたがらなかったのか、オファーしなかったのかわからないが、すべて韓国の役者がやっていたように見えた。

非常に印象的だったのは、最後のシーンでユ・ヘジンが演じる人物の息子が妹をおんぶしているシーン。日本人ならきっと『火垂るの墓』のシーンを思う出すだろう。あるいは、有名な「焼き場に立つ少年」の写真を思う人もいるかもしれない。あれが実際に『火垂るの墓』のオマージュだったのか、何らかの隠喩だったのかはわからないが、そうだとすると、そこには映画製作者のメッセージが透けて見えてくる。韓国の民衆が闘っていたのは日帝であり、日本の民衆ではなかったのだろうと。実際に、独立を目指して闘う人々の敵には、「親日派」として動く自国民も含まれていた(主役の父親のように一種の諦めからそうなった人も多かっただろう)。短絡的に民族間・国家間の争いとしてしまうと見誤ってしまう。そして現代の日韓関係は、その見誤りに振り回されているように見える。

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【関東旅】高麗神社参拝

12月の旅の話。

昨年に読んだ金達寿『日本の中の朝鮮文化(1)相模・武蔵・上野・房総ほか』にインスパイアされ、この本で紹介されていた高麗神社へ参拝してきた。

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場所は埼玉県日高市。都内から中央線で八王子駅へ向かい、八高線に乗り換えて高麗川駅へ。駅から徒歩20分ほどの場所にある。宿を取っていた神田駅からだったので、なんだかんだで片道2時間ほどかかったが、ゆっくりと電車で移動するのも楽しい。

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11時半頃に高麗川駅に到着。神社周辺では食べるところもあまりなさそうだったが、駅前にちょうど韓国料理があったので、そこで昼食をいただく。さすが場所が場所だから韓国料理屋があってもおかしくないが、実際は比較的最近できたフランチャイズのレストランのようだ。店内ではBTSの音楽がエンドレスでかかっていた。まだ客も少ない時間帯。お店の女性も手持ち無沙汰からか、音楽に合わせて小刻みに体を揺らしていた。

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スマホ情報にはネギチジミが美味しいとあった。普段はあまり食べられない水冷麺も注文。韓国では本来、水冷麺は寒い時期に食されたと聞いたことがある。あまり期待していなかったが、水冷麺もなかなかの味わい。ネギチジミもパリッとしていて食感もよい。なんだか久しぶりに韓国に来たかのようだ。当然、旅気分も高まる。

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昼食後、駅前で地図を簡単に確認し、スマホの地図をたよりに高麗神社へ向かった。金達寿の本では桑畑が広がっていたという描写があったと記憶しているが、さすがに2021年には比較的大きなスーパーもあったりと、風景は変わっていた。とはいえ、思ったよりもまだ田舎風景は残っており、20分と少し長い道のりだったが、金達寿の歩いた道を想像しながら歩く。気持ちのいい散歩道。

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駐車場に入るとさっそく「チャンスン」という将軍標がお出迎え。これは朝鮮半島の風習の一つで、日本の神社とは思えない景色。

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入口付近の説明板にはこうあった。

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高麗神社

高麗神社は、高句麗国の王族高麗王若光(こまこきしじゃっこう)を祀る社である。

(中略)

(唐と新羅との)乱を逃れた高句麗国の貴族や僧侶などが多数日本に渡り、主に東国に住んだが、霊亀2年(716年)そのうちの1799人が武蔵国にうつされ、新しく高麗郡が設置された。

高麗王若光は、高麗郡の郡司に任命され、武蔵野の開発に尽くし、再び故国の土を踏むことなくこの地で没した。郡民はその遺徳をしのび、霊を祀って高麗明神とあがめ、以来現在に至るまで高麗王寂光の子孫によって社が護られており、今でも多数の参拝客が訪れている。

つまり、唐と新羅に攻められた高句麗の王族が日本に逃れ、渡来人・帰化人としてこの辺に住み始め、開拓にあたった。現在もこの地域の始祖的な存在として崇められている。

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本殿に向かう途中には、大韓帝国最後の皇太子となった李垠殿下と、その李垠の妃となった日本の皇族方子妃が手植えされたという杉の木もあった。

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とても立派な本殿。ちょうど結婚式も執り行われていた。参拝客も少なく、静かに過ごすことができた。普段はあまり買わないのだが、長い旅路だったこともあり、せっかくだからと三足鳥守というお守りを土産に買った。三足烏というのは伝説上の生き物で、太陽を象徴する鳥。高句麗では火鳥とも呼ばれていたようだ。

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お守りと一緒に「高麗神社と高麗郡」という有料の冊子も買い求めた。こういう書籍・冊子は、後で欲しくなっても近所の本屋に取り寄せるといったこともできないのだ。

さらに、金達寿の本では宮司に見せてもらったとあった高麗一族の系図も、複製ではあるが展示されているものを見ることができた。

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このような系図を韓国ではチョクポ(族譜)といって、今でも韓国の各家庭(一族)で管理されている。日本では戦争中のごたごたで先祖を遡ることが難しい人も多いだろう。自分の場合でも、母方の曾祖父については聞いたことがあり、子供の頃に一人で家を出て身を起こしたと言われている。その前の先祖についてはまったくわからないわけだ。先祖が誰であろうと人間の価値はまったく変わらないというのはわかっているつもりでも、やはり先祖をたどることができるというのは正直羨ましい。妻の家族でも、親戚がしっかりと管理していると聞いた。

本殿に向かって左側には山を少し登る道があり、先に水天宮という場所がある。10分程度だがしっかりとした登り道。

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せっかくここまで来たのだからと、もう少し歩いて聖天院にも寄ってきた。距離としては徒歩で十数分程度。

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聖天院の入口手前には高麗王若光のお墓がある。韓国語の絵馬が多かったり、韓国焼酎が供えられていたりと面白い。ここだけは無料で見に来ることができる。

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聖天院もゆっくりと歩いて見て回った(拝観料300円)。思ったよりもずいぶん広い。王廟を見ることができたからいらないかと迷ったが、入って正解だった。

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若光の像もある。当然想像上のものだろうが、やはりどこか朝鮮半島の雰囲気がある。
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本堂の左側にも奥に進める道があった。何かあるのだろうかと進んでみると、その先の空間に驚いた。そこにあったのは「在日漢民族慰霊塔」。なんだか日本とは思えない空間が広がっていた。中央には日本最大級とされる石塔がずんと立っている。

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そしてその周囲を、朝鮮史に名を残している偉人の像が囲む。

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感覚的なものだが、空間的な使い方が日本的な感覚よりもずいぶんと広い。台湾の中正紀念堂広場でも圧倒的に広い空間に驚いた記憶がある。韓国の天安にある独立記念館もそうだった。土地の使い方の価値観が違うのだろうか。何かの隠喩が込められているのか。日本人的な感覚では「無駄に広い」とすら感じてしまうのだが、あの感覚は何だろう。日本の広大な神社に行ってもそうは感じないのだから不思議だ。

ここは戦争・震災等で犠牲となった身元不明の在日韓民族無縁仏の慰霊と供養を目的に建立された場所で、発起人は在日一世の尹炳道氏。

石塔の左側にはソウルのパゴダ公園にある八角亭を縮小したミニチュア版とも言えるものがあった。韓国の建材を使い、韓国人の大工が施工と、力の入れようが素晴らしい。

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石塔の後ろ側が少し丘のようになっていて、遊歩道があったので進んでみると、壇君の像があった。これにも驚いた。日本に壇君の石像があるとは。

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それにしても、日本に高句麗をゆかりとする神社があるとはこの年になるまでまったく知らなかった。日本にいながら異国の風景を楽しめるだけでなく、古代からの日韓のつながりも感じられる。異国での戦乱を逃れた人々を受け入れ、共に生きようと土地を提供した。当然ながら受け入れる側にもそれなりのプラスはあってのことだろうが、そういう時代もあったことは覚えておきたい。

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デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』

グレーバーの名前を知ったのはいつ頃だろうか。彼が2020年に亡くなったときに驚いた記憶があるので、恐らくこの本が発売された頃か、あるいはもっと前の、オキュパイ運動の頃か。記事レベルでは何度か読んでいて気になり、絶版になる前にと気になる本を買い始めたのが去年。ちゃんと書籍を最後まで読むのはこれが最初。

ブルシット・ジョブなんてタイトルだから、なんとなく内容がわかりそうなもので、最初は後回しにしようと思ってたが、最近仕事で悩んでいることもあって、その「勢い」に乗って読んでしまおうと読み始めたら、ページをめくる手が止まらない。グレーバーの語り口がなんとも軽快で、所々つい笑ってしまうところも。

元は「ストライキ」紙に掲載された「ブルシット・ジョブ現象について」という短い記事。これが大きな反響を得て、読者から多くの体験談が届いた。さらにインタビューなどで掘り下げ、肉付けして書籍化したのが本書というわけだ。

自分も少し勘違いしていたブルシット・ジョブの定義(「ブルシット・ジョブ」と「シット・ジョブ」の違い)、種類、影響(あるいはその精神的暴力)、そしてなぜそのようなクソどうでもいい仕事が増えているのか、なぜ私たちはこの状況を変えられないのか、その政治的影響とは何か、変えるためにはどうすればよいのかと、議論が進む。アナーキストだと自称する彼が、渋々最後に挙げるある一つの提案。それは政策として考えるなら、という内容で、彼が実際に取り組むとなると、やはりアナーキスト的なものになっただろう。それがどんなものになったのか、本当にぼんやりとしか想像すら難しいが、その活動の可能性が絶たれてしまったのは残念でしかない。過激でアクティブ、かつ地に足が付いているというか、本当に好きなタイプの人だったと今更ながら気付いた。なぜこういう人間ほど早くして世を去ることになるのか。世の中はよくわからない。

いずれにしても、これはけっして私たちの仕事観だけの話ではない。これに抗うということは、現在の資本主義のありかたを再考するこということ。気候変動の問題や、分断化される社会、多面的に取り組む必要があるのだろう。そういう点で、自分の第一印象で感じたビジネス書的な印象は幸運なことに完全に誤りだったことがわかった。思ったよりもずいぶん多面的で、しっかりと掘り下げられていて、さらにポップで軽快な読み口。岩波から出てるんだから、ビジネス書なわけはなかったんだが。

次は『負債論』を読もう。

そういえば訳者あとがきに次回作の話があったと思い、今調べてみたら、去年の11月に原書がすでに刊行されていた。遺作となる『The Dawn of Everything』。人類の歴史を新たな視点で見直す内容のようだ。まだほかに読む本もあるし、とりあえずは日本語版を正座して待つべし。

 

2021年に読んだ本を振り返る

2021年も残すところあと2日。今年もコロナのおかげで読書が捗った一年だったようで、読書メーターで2021年に読んだ本をまとめてみたら、今年は合計で60冊読んでいた。基本的に読む速度はそれほど速いほうでもないし、それに加えて、人文系の時間のかかる本や、鈍器本、古典など、どちらかというと重めの本がほとんどだったので、今年は読書生活という面では本当に充実した一年だったと思う。

海外文学

今年一番は『忘却についての一般論』だろう。これについてはブログにも書いているが、今だにふと思い出す。外を普通に歩いているときや、カフェでコーヒーを飲んでいるとき、特にぼーっとしているときによく思い出す。忘却というテーマの本なのだが、僕の記憶にはしっかりと残っているようだ。

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また今年は劉 慈欣『三体』の第三部が発売されて本屋を賑わせた。『三体』は第一部、第二部でも「もうこれで十分やろ」と思わせておいて、次でさらに驚かせてくれる。あの第二部の後にどうすんねんと妙に心配していたのだが、心配無用だった。クライマックスとなる第三部も、僕みたいな軟弱な想像力しか持ち合わせていない読者をずいぶんと楽しませてくれた。一番SFっぽい内容だったのではないか。まさに異次元の展開。読書冥利につきるというか、いやはや、劉 慈欣さんには足を向けて寝られない。

古典

今年は古典をあまり読んでいなかったが、『ドン・キホーテ』の前篇を読めたのは大きい。そしてちゃんと楽しめた。これほど古い本なのに、この時代に読んでも笑えるというのは、これは純粋に凄いことだと思う。人間というのは本質的にはあまり変わっていないということなのかもしれない。サンチョのツッコミ、そして大活躍する脇役陣。ドン・キホーテを主軸としながらも、作中作の出来も素晴らしく、短編集のようでもある。

古典に属するかわからないがオーウェルのエッセイもいくつか読んだ。『パリ・ロンドン放浪記』『一杯のおいしい紅茶』『あなたと原爆』と、どれも素晴らしかった。オーウェルについては来年あたり『1984』を久しぶりに再読したい。

また日本の古典では、方丈記徒然草の現代語訳を読んだが、どちらも想像とまったく違う内容で(というか前知識が単純にまったくなかった)、驚くほど楽しく読めた。古くさい表現だが、ほぼそのまま「現代にも通用する」内容だ。やはり、人間はあまり変わっていないということだろう。この場合は人間が作る「社会」か。

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歴史小説

2021年は司馬遼太郎の『竜馬がゆく』から始まっていた。昨年から読み始めていたのもで、最後の2冊を今年の1月に読み終えた。その後、今年の冬に関東地方に訪れるタイミングで読んだのが『燃えよ剣』。文庫で2冊と竜馬シリーズと比べるとボリュームに欠けるが、新撰組の活動をざっと追うことができてよかった。年始と年末を司馬遼太郎でサンドイッチした形になった。そしてやはり、京都に行きたくなった。

人文・社会科学・歴史

ノンフィクション系では、去年頃から気になっている気候変動の問題や、今後の資本主義(またはそれを置き換える何か)をテーマに読み始めている。何よりも印象に残っているのは斎藤幸平『人新世の資本論』。ふと本屋で見かけた本で、装丁が嫌いなタイプだったので迷ったが、読んでみて正解だった。ここから参考書籍を拾う形で『ドーナツ経済学』『地球が燃えている』などに手を出した。ほかにも個人的には今年一番の鈍器本だった『暴力と不平等の人類史』や、『反穀物の人類史』に衝撃を受けた。

少しテーマが変わるが、ちくま文庫の『裸はいつから恥ずかしくなったか』も衝撃的だった。まさに天地がひっくり返るというか、希有な体験だった。常識を疑うきっかけとなる一冊だが、羞恥心という人間の感情すらいかに作られることがあるのか。常識、思い込みを疑うという意味では、『反穀物の人類史』にも通じるテーマだ。

充実の2021年でした

ほかにも、寅さん・渥美清関連の本も何冊も読んだし、振り返ってみればなんだかんだで充実とした一年だった。

しかしだ。60冊読んだところで、恐らく今年だけでも60冊以上は購入しているはずだし、今後も「購入した本」>「読了した本」という関係性は続くだろう。少し積むペースを抑えないといけないと、少し反省しつつも、また年を越せば「景気よくぱーっと行っちゃおう」と積んでしまう(散財しちゃう)んだろうな。。

今年も本屋さんや古本屋さんには本当にお世話になりました。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。

【関東旅】東京は葛飾の柴又よ

男はつらいよ』巡礼の旅、というわけでもないが、しばらく東京に行く用事があったので、いつか行ってみようと思っていた葛飾区柴又に行ってきた。

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柴又というと映画でもよく映される柴又駅なのだが、よく考えると寅さんはいつも江戸川を歩いて家に向かっている。これは、佐藤利明『みんなの寅さん』を読んでいて気付かされたのだが、寅さんは普段、北にある金町駅から江戸川を歩いて帰ってきている。

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たしかに、寅さんは遠隔地から戻ってくることがほとんどなので、その場合はJR(当時の国鉄)の駅に到着するのが自然ではある。また、柴又駅だと、とらや/くるまやまで徒歩ですぐに着いてしまうが、金町駅からなら江戸川沿いを歩いて2km程度の道となり、故郷の風景や人々を眺め、しみじみと帰郷の喜びを感じられるルートになる(実際は必ずいろいろと騒動を起こすわけだが)。

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映画でも時折サイクリングする人が映っていたと記憶しているが、現在はとても気持ちのよいサイクリング道路になっていた。平日の午前中だったためか、主に年配の方がたがゆったりと散歩を楽しんでおられた。

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江戸川沿いを歩いた先で、まず「葛飾柴又 寅さん記念館」に寄った。

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実際に撮影で使われていたとらや/くるまやのセットを見学できた。とらやの中を自由に歩いて見て回れる、『男はつらいよ』ファンにとってはたまらない場所。

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おばちゃんやさくらがよく立っていた台所のあたりや、寅さんがアリアを披露する茶の間。寅さんが帰ってからすぐ向かう階段の奥。どれも馴染みの風景で、初めての場所とはいえ、妙にほっと落ち着く空間。一視聴者にとっても、そこは「故郷」のように思えた。

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少し戻り、記念館入口を入ってすぐ左側にはちょっとした映像コーナーがあり、『男はつらいよ』シリーズ以前の寅次郎のストーリーが簡単に紹介されていた。戦争の暗い影。そう、寅次郎は東京大空襲も経験していた。

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とらやの奥に進むと朝日印刷所のコーナーがある。とらやとは異なり、残念ながら当時を再現したものではないが、当時の印刷技術について学べて面白かった。その後、当時の葛飾ジオラマや、鉄道関連の展示物、『男はつらいよ』の名シーンを紹介する映像コーナーなど、非常に満足のできる展示内容だった。特に最後にあった「寅の全財産」という、寅さんのトランクの中身を紹介するところは面白い。

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併設されている「山田洋次ミュージアム」も寄った。『男はつらいよ』以外あまり山田作品を観ていないのだが、山田作品のファンならきっと楽しめる。比較的小さな展示室で、やはりメインは寅さんミュージアムのようだ。

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次は帝釈天へ。映画で何度も映された入口の門。鐘。入口を前にして左を眺めると、そこからさくらが自転車で「源ちゃん、おはよう」と入ってきそうだ。映画の思い入れがなくても素晴らしいお寺。

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「寅さんおみくじ」「寅さんお守り」なるものは販売されていたが、それほど前面に出しているわけではく、はしたなくもない。帝釈天はあくまで帝釈天だった。とても気持ちよく参拝できた。

その後は参道の商店街を進み、「とらや」(最初の数作品での撮影場所)で簡単な昼食をいただき、「高木屋」(柴又ロケ中の楽屋)でお団子をいただいた。どちらも『男はつらいよ』には馴染みの場所で、当時の写真などが飾られていて面白い。なによりも、サービスがとても気持ちがよい。どちらも、「下町にありそうな」落ち着けるお店だった。

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ほかにもおせんべい屋さん、団子屋さん、お土産屋さんなど。飴屋さんで「セキトメ飴」なるたんきり飴が売っていたので購入。同じようなものを、呼子だったか、どこかの商店街で買った記憶がある。たしか、それも九州ではなく、どこか遠くから売りにきているということだったと思う。ひょっとしたらあれも柴又のものだったかもしれない。

帰りは、寅さんがするように、柴又駅から。柴又駅は当時のまま、というわけではないが、おおきな改築もなく、映画のシーンを思い出すのも難しくはない。

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一度は行ってみたいと思い来てみたが、思ったよりも気持ちよく過ごせた。おだんごを食べて、帝釈天を参拝するだけでも来る価値はあろう。今度は夫婦で訪れたい。