ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

ディケンズ『オリバー・ツイスト』

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「すぐ前をご覧ください、お嬢様。その暗い水面を。心配したり、悲しんでくれたりする人もなく、川に飛び込んで人生を終える人なんて少しも珍しくありませんわ。何年先か何ヶ月先かわかりませんが、私はそんな風に人生を終えるんですわ、きっと」

ディケンズの『オリバー・ツイスト』。文庫で800ページを超える大作で、手元にずっしりとくる一冊。新訳だったこともあり、非常に読みやすい。これを手元に置いておけば、原書にもチャレンジしやすいはず。

さて、舞台は19世紀の英国。主にロンドンを中心に描かれている。主役はタイトルにあるオリバー・ツイストという少年だが、全編を通して、特に後半に入ると、オリバー以外のキャラクターが生き生きとしていて、正直誰が主役なのかわからないほど。個人的には悪者どもが気に入った。

悪者どもといっても、現代小説にもよくあるような、妙に美化したりヒーロー仕立てにするわけでなく、悪者をそのまま描写している。当時の英国社会を批判する目的もあり、そのあたりは元ジャーナリストの視点が生きているのだろう。

見事と感じたのは、キャラクターの対比。主役オリバー、その対比となる、似た環境で育った不遇のディック(ほとんど登場はしないのだが)。また、天使のような存在で周囲の人や読者を癒やしたローズ、その対比となるは間違いなく悪者グループにこき使われていたナンシー。同じような(ローズとナンシーにも同じような愛を感じられたはず)心を持って生を受けたはずが、なぜこうも違った結末になってしまうのか。それがまさにディケンズが批判しようとしていた当時のイギリス社会なのだろう。

個人的には、ディックがなかなか出てきそうになかったり、もっと最後の描写も詳しくしていいのではと思うのだが、それはあえて描写を避けたのかもしれない(あの程度の描写で読者の心に残るのはすごい)。あるいは、まだ作家として若かったディケンズの甘さだったのか。

そして繰り返しになるが、リアルに描写される悪役。薄汚れた存在であり、見栄を張ったり、嘘をついたり。そんな中で、時にとにかく情けなくてかっこ悪い面もしっかり描かれている。同時に、訳者の解説にもあったと思うが、どこか悪者に対する同情心のようなものも残っている。コメディチックな描写からもそれが見て取れる気がする。

悪者というのは、果たして「根が腐っている」のか。ディケンズはあくまで環境に原因があると考えていたのではないか。実は自分もそう信じている節があり、それもあって、なんだかすっかりディケンズファンになってしまった。

人間は「生まれ」で決まってしまうのか。あるいは、「生まれ」によってもたらされる環境によって大きく影響されるのか。そこから救うにはどうすればよいのか。

持つものと持たざるものの断絶。

先日見た『パラサイト 半地下の家族』のテーマにも通じるところがある。

「私が飛びこむ音があなたのお耳に届くはずはありませんわ。そんな恐ろしいこと、神様がお許しになるはずがありませんもの!」

持つものには、持たざるものの悲鳴や嘆きなど聞こえない。それはたぶん、現代の社会でもそれほど変わっていない。

オリバー・ツイスト (光文社古典新訳文庫)

オリバー・ツイスト (光文社古典新訳文庫)

 
パラサイト 半地下の家族(字幕版)

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  • 発売日: 2020/05/29
  • メディア: Prime Video