映画『ムーンライト』
第89回アカデミー作品賞を受賞したアメリカ映画。フロリダ州マイアミの貧しい地域で育った少年シャロン。通称リトル。無口で内気な彼は、学校で"faggot"と嘲笑されていた。そんな彼を少年期、思春期、青年期の3つの時代に分けて描いたのが本作。時折見られる絶妙なカメラワークにより、まるで現場にいるかのような錯覚を覚える。語りすぎず、エンディングの切り方も素晴らしく、思わずため息が出てしまう。
見事だったのはシャロンの役をそれぞれの時代でつとめた役者。本当に同一人物かのような錯覚を覚えた。ディレクションも優れていたのだろう。大人になってからのブラックは一気に雰囲気が変わるが、最後のケビンのアパートでのシーンで、ふと若かった頃に戻る。ああ、これはまさにあのシャロンだ。あの瞬間、少年時代に一時的に父親役を買って出てくれたファンに教えられた言葉がよぎる。
At some point, you gotta decide for yourself who you gonna be. Can't let nobody make that decision for you.
まさにあの瞬間、ブラックはシャロンであることを選び、自分の道を自ら歩み出した。そのとき、ファンの言葉を反芻するような描写はない。あくまでその現場しか映さない。そしてケビンの腕に包まれているシャロン。そこでスパッと終わる。なんとも潔い映画。無駄なことはしない。これが映画だ。
名前の使い方も隠喩的。少年期はリトルと呼ばれていた。思春期に自分の道を自覚したときは本来の名前のシャロン、そして青年となり売人となった頃にはケビンがつけたブラックという名を使っていた。ブラックというのは確かに売人の通り名っぽいのだが、そこにはその名前を纏い(命名主がケビンであることも重要だ)、自分を守らざるおえなかった姿が見えてくる。そして最後のシーンで、彼はきっと本来のシャロンに戻った。その後は語らない。やはり最後の終わり方が見事だった。