ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』

フリーランスのジャーナリストであったガレス・ジョーンズの実話をもとに描かれた伝記的スリラー映画。背景は世界恐慌下の1930年代。英国の元首相ロイド・ジョージの外交顧問を務めていたジョーンズだったが、財政難のためその役職を解かれた。地元に戻り快適な生活を選ぶこともできた彼だが、その時代を取り巻いていたぼんやりとして、それでいてとてつもなく巨大に危機感を感じていた彼はモスクワに向かった。以前ヒトラーとのインタビューを成功させていた彼は、次にスターリンとのインタビューの機会を狙っていたのだった。世界中で恐慌の嵐が吹いていた時代に、なぜソ連だけが好景気なのかどうしても計算が合わないと感じ、その秘密を探ろうとする。その過程で彼が潜入することになったが、今まさに戦争下になっているウクライナ。そして、想像を超えるほどの飢餓状態にあった人々に出会う。ウクライナで広がっていたのは、後にホロドモールと知られる人工的な大飢饉だった。その状況を世界に訴えようと試みるも、ことごとく親スターリン派の動きにより封じられる。しかし諦めない彼は・・・。

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2022年に入り、コロナもエンデミックになるのかと少し明るい素材が見えてきたのかと思ったら、ロシアによるウクライナ侵攻。一番恐ろしいのはやはり人間だったということを実感せざる終えない今、戦争がらみの映画や小説につい手が出てしまうというのも僕だけではないはず。

ウクライナが舞台となるとは知らずに見始めた本作品。ロシアとウクライナの地理的な関連性の濃さをまざまざと感じされられた。いつの時代にも体制側に寄り添い、圧制者のツールとなってしまう人々がいる。日本の歴史にも数多くいたし、当然イギリスだって例外ではない。スターリンの時代にプロパガンダマシーンと化してしまう一部のジャーナリストの姿。歴史は繰り返すと言うが、単純に人間は変わらないということだろう。ヒトラースターリンが悪だったというよりか、人間の中にある悪がヒトラースターリンという形を取ったのだろう。その取り巻きも含め。プーチンにだって言えるのかもしれない。私たちはつい、彼を唯一の悪、あるいは今世界が見ている悪夢のような出来事の根源と見てしまう。それは正確なのだろうか。ウクライナに対する静かなる侵攻は今回始まったわけではない。それを見逃していたロシア国民、そして世界の人々の責任も当然考えなければならない。人間が持ちうる、この無関心という態度。特効薬でもあればいいのだが。。

そうそう、同時代のジャーナリスト・作家としてジョージ・オーウェルも登場していて驚いた。以前はスターリンに一定の共感を感じていたようだが、ガレス・ジョーンズの記者会見でスターリニズムの恐ろしさを再考し始めるという描写があった。動物農場を執筆している姿も繰り返し描かれていて、本作品全体をうまくまとめている。「オーウェル的な」という表現は本作にも該当しそうだ。ジョーンズ氏のオーウェル的な闘争と言えるのかもしれない。

さて、実際のガレス・ジョーンズ氏については、本作のエンディングロールのほかに、Wikipediaにも記事があった。ソ連関連の取材活動が難しくなったことから、次に彼が向かったのは極東。日本には6週間滞在し、政治家や軍関係者とのインタビューを行ったようだ。その後、日本帝国が占領していた満州国に移動したが、そこで盗賊に誘拐され、残念ながら殺されてしまう。取材のガイドがソ連の秘密警察とつながっていたことから、ソビエトによる工作だと疑われている、とある。

日本人としては、その直前の日本軍や政治家とのインタビューが非常に気になってしかたがない。当然、満州国での日本軍の活動をとやかく言われたくないだろう。当時の新聞には、日本と中国が誘拐犯への連絡を試みたようなことが書かれていたようだが、まあ、なんだかそれも単なる外向けのモーションのように聞こえる。直接関わっていないにしても、当然日本軍なら積極的に救おうとはしないだろう。なんだか小説が一つ書けてしまいそうな気もしてきた。

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もしガレス・ジョーンズ氏がもう少しだけ活動を抑え、戦後まで生きていたらと想像したくもなる。オーウェルに並ぶジャーナリスト・作家になっただろうか。このように不遇な最期を遂げた立派な人々は多くいたはずだ。そして、今のウクライナにも数多くいるはずだ。きっと、似たようなことが今まさにウクライナで行われているのだろう。戦争反対などの声が承認欲求を満たすツールにすらなってしまっている今、私たちはどのように考え、行動すればよいのか。これからあるべき態度。それは歴史からしか学べないのかもしれない。