ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

小林 佳世子『最後通牒ゲームの謎』

最後通牒ゲーム」という心理学の実験を軸に、人間の行動とその心理を探る、ゲーム理論進化心理学行動経済学の入門書。

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先日読んだジョナサン・ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』と同分野の本で、本書でも何度か言及があった。

yushinlee.hatenablog.com

ハイトの『社会はなぜ左と右にわかれるのか』はかなり広範な内容を扱った本だったが、その分扱われる話題も豊富だった。それはそれで面白いのだが、やはり読了後に頭の中が散らかっている感覚はあった。本書では「最後通牒ゲーム」というひとつの実験を軸にしているので、比較的集中しやすく、入門書として非常にわかりやすかった。最後にあった関連文献の紹介も詳しくてよい。ハイト本よりも、こちらを最初に読んでいた方がよかったかもしれない。

ひとつの実験といっても、分析の仕方は複数あり、また実験自体にも様々なバリエーションがある。そして世界中で実施された「人気の」実験らしく、参照できる実験データも豊富なのが特徴。そこから得られる知見をできるだけわかりやすく、搾り取ったものを形にしたのが本書といったところ。

ハイトはかなり断定的な文章だったが、本書の著者は、データが足りていなかったり、矛盾するデータがあったりする場合もちゃんと言及してくれる。断定的な記述はほぼ皆無で、そういった「正直」で慎重な態度にも好感を感じた。とはいえ、なんだか今後の課題ばかりだなぁという印象もあるが、実際にそうなのだろう。そもそも、心理学の実験結果というのは、ミスリードなことが多い気がしないでもない。なかなか「こういうことがわかりました!」と断定することは難しいように思う。何らかの結論が得られそうでも、「ただし諸条件による」といった注意書きがほぼ必ず必要だ。だからこそ、ハイトの本ではどうもモヤモヤを感じざるおえなかった。

心理学の実験結果がいかに「怪しい」と思っても、ある程度の知見は得られる。私たち人間は、なぜ裏切り者を見つけるのが得意なのか。なぜ他者の評価をそれほど恐れるのか。なぜゴシップを好むのか。自粛警察が生まれる土壌とは何なのか。なぜ私たちは一見不合理と思えることをしてしまうのか。などなど。そこには私たち人類が進化してきた歴史が関わる。長く厳しい古代の時代に生き残ってきたときの記憶が色濃く残っている。個人としては不合理に見えても、集団としては合理的な行動と考えることができる。まさに「予想どおりに不合理」なのだ、と。

では個人として私たちはどう行動すればよいのかという点については、まだよくわからない。例えばコロナ禍の自粛警察だが、どこまでは集団のメンバーとしての「健全な」自衛的行動となり、どこからが行き過ぎなのか。ゴシップ欲を刺激する要因はわかったが、だからといってゴシップを奨励しても仕方がない。いずれにしても、最終的には、左と右と中間の人たちがみんなで議論しながら、少しずつ健全な世界を作っていくしかないのだろう。

そのような対話すらできないのが現在の世界とはいえ。