ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』

元不正会計調査の"シングル"マザー。21世紀に入ったばかりのニューヨーク。911を巡る陰謀。死体。家族。ロマンス。逃亡。歪みを見せ始める資本主義社会。まだまだ記憶に生々しい911を背景とする、陰謀系探偵小説。ただし、それほど謎解きもないし、単なる探偵もの、推理小説でもない。これがピンチョンなのかと、不思議な読書体験だった。

ピンチョンというと難解なイメージだけがあり、どこか距離を置いていたが、こんなテーマならなんとか読めそうだ。いや、面白くないわけがない。ということで手に取った。

噂通りというか、非常に解像度の高い内容。この当時のアメリカ文化やネット文化を多少は知っていたつもりでも、付いていくのが大変。またシーン展開も速く突然で、これは誰がしゃべっているんだ?と混乱してしまうこともある。訳者によると意図されたものらしいのだが、やはり「ページターナー」という感じでは読み進められない。それでも、これだけのボリュームの小説を(暇だったとはいえ)4日ほどで読めてしまった。結論としては面白かったと言える。いい本を読んだという例の読後感もある。

まだ読み終えたばかりだが、印象に残ったシーンも多い。資本主義なんぞクソッたれだと感じてる今現在だからか、主人公とその父親が語るシーンや、友人のマーチが活躍する場面など、強く共感できる、気持ちがスカッと晴れるシーンはまだ色濃く脳裏に残っている。

そういえばこの頃は、この小説で描かれる「ナード」に少し憧れていたことも思い出した。結局そのオタク道には正式には進まなかったのだが、その残滓のような知識や経験で今は何とか食べているようなもので、そういった意味では、どこか青春小説のような感触もあった。

それにしても、現代のスマートデバイスを身につけて謳歌する「自由」とはなんだのだろうか。Apple Watchが発表されたときは「囚人じゃないんだから」と笑っていた自分の左腕には、今Apple Watchが巻かれている。

なんだか、自分も2001年に連れ戻されたような気分だ。そういう意味では、何よりもノスタルジックな小説だったのかもしれない。