ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

倍賞千恵子『お兄ちゃん』

男はつらいよ』シリーズでさくらを演じた倍賞千恵子が、渥美清との思い出を中心に語る。渥美清とはどういう人だったのか。倍賞さんからすると、寅さんが演じる愚兄とは真逆で、いつも自分の幸せを気にかけてくれる、面白い話を聞かせてくれる、相談にもちゃんと耳を傾けてくれる、そしていつも温かく見守っていてくれる、文字通り「お兄ちゃん」だった。ここには、小林信彦の『おかしな男』にあったようなエキセントリックな感じはまったく見えない。渥美清倍賞千恵子の前ではいい兄貴役を買って出ていたのだろう。

倍賞千恵子さんというのは、人間として自然体のまま演技に入っているという印象があったが、それがどのように出来上がってきたのがが少しわかった気がする。踊り子としての下積み時代、チラリと垣間見える男性との失敗談など、ここに書かれているのは倍賞千恵子本人の生の声だ。Amazonのレビューでは文才がどうのという意見もあったが、倍賞千恵子本人がこだわってあえて手を入れなかったのだろうということは容易に想像できる。肉声であるということが、渥美清に対する最低限の礼儀でもあったはず。そういう点で、やはりこの本を書いた倍賞千恵子は自然体だったし、そういう意味でこの本は目的通りのものになったと思う。

そしてまた、表紙の絵がいい。峰岸達による装画とある。江戸川で渡し船を待っているのだろうか。なんとも味わいがあってよい。