ハト場日記

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小林信彦『おかしな男 渥美清』|神格化されていない渥美清評伝

評論家小林信彦渥美清の思い出をまとめた「評伝」。神格化されている渥美清を冷静に語り、ときには非常に厳しい。それゆえ信頼が置ける。

渥美清との距離感としては、何でも打ち明けられる友人ではないが、顔を見ればゆっくり話したくなる、気に入っている知り合いといった感じか。全体としては当然だが、渥美清に対しては好意的な立ち位置で、一時期、渥美清が批判的に叩かれていた時代でも「なぜあんたは渥美の肩を持つのか」と責められたこともあったようだ。

特に「男はつらいよ」が始まる前頃までの渥美清の様子が詳しく見えてくる。当然「車寅次郎」と「渥美清」はイコールではない。また「渥美清」も本名の「田所康雄」とイコールではない。

渥美清はプライベートでは勉強家であり、評論家でもあったようだ。劇や映画は特によく観ていたようだし、また独りオオカミとして業界で生きていくための情報収集も欠かさなかったとある。『男はつらいよ』が始まってからは、特にプライベートを秘密に保ち、寅さんのイメージをしっかり守ろうとしたとは聞いていたが、人嫌いなのは以前から同じだったようで、自分の部屋にも人を入れたがらないというのが知られていたと。そこに誘われた数少ない一人が筆者の小林信彦氏だった。

渥美清の普段の様子は読んでいても面白い。語りのうまさは車寅次郎そのものだったようで、人のまねも絶品で、小林信彦氏も大いに笑ったとある。たしかに『男はつらいよ』でも、寅さんが博の口まねをして愚痴を言うシーンが何度かあるが、あまりに似ていて毎回吹き出してしまう。渥美清は普段は寡黙とされていたが、それは相手によって変えていたのだろうと思うし、筆者のようなある程度信頼して話せる人が相手だったら、寅さんの一人語りを披露していたようだ。これはただただ羨ましい。

渥美清が「役者の究極というのは笠智衆さんのようなものじゃないか」と語っていたという。笠智衆といえば『男はつらいよ』の御前様。堅実な演技という印象だが、どうやら人格者だったようで、やはり役者といえども、人間的な成熟も大切な要素だと考えていたのだろうか。やはり「以前が以前なだけに」と語るほど、若かりし頃はいろいろなことをやってきた人間だけあって、そういう存在に対する憧れのようなものがあったのだろうか。

渥美清の最期についてはマネージャーの話などを引用して言及されているが、読んでいるだけでもつらい。晩年のNHKのドキュメンタリーもYoutubeで観たことがあるが、あれは本当に観ていてつらかったのを覚えている。あれだけ自分に無理を言わせ、文字通り死ぬまで映画に捧げたわけだ。最後に残ったのは、やはり責任感だけだったのだろう。