ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

金達寿『日本の中の朝鮮文化(1)相模・武蔵・上野・房総ほか』

日本の地名に隠れている朝鮮文化の面影。そんなことを考え始めたのは数年前、北九州市に旅行に行ったとき。レンタカーに乗って福岡から門司港に向かう途中、唐戸市場という場所に寄った。到着するちょうど手前、信号で止まっていたとき、交差点の標識をぼーっと見ていたら「唐戸」という名前がふと気になった。

海が目の前だから、きっと近くに港があるのだろう。唐辛子なんて言うんだから、「唐」というのは外国、あるいは韓国を意味していて、外に向けた門「戸」という意味か。きっと外国との交易が盛んだったのだろう。そんなことを考えていた。

その前後の行程、つまり順番はよく覚えていないが、そのときの門司港観光の途中で、下関に有名な場所があると聞き、少し時間ができたので寄り道したのが赤間神宮。これがなんとも雰囲気のある神社で、とても気に入ってしまい、あちらこちらふらふらと歩いていたら、世界遺産がどうといった幕が張られていたのに気がついた。ここも世界遺産に登録されていたのかなぁ、それは知らなかったなぁと見てみると、この神宮が世界遺産に登録されているということではなく、ゆかりのある朝鮮通信使が世界記憶遺産に登録され、それを祝っているということだった。

不勉強なことに、そのときは朝鮮通信使というものを全く知らなかった。その場でスマホを使って調べてみると、その昔、朝鮮半島から日本へ定期的に送られていた使節団のことらしい。「旅に出るたびにいろいろ勉強になるなぁ」と一人で感心していろいろ調べていたら、なんとこの神社の真向かいにも「朝鮮通信使上陸淹留之地の碑」というものがあることを知った。「これは大変だ!」と、なんだか妙に興奮してしまい、もつれる足取りで妻を呼び寄せ、二人で向かった。

そのようなことがあった後、ふと思い出したのが、旅の冒頭で見かけた「唐戸」という地名。この地名が自分の中でまったく新しい姿を見せ始めたのだ。最初の印象というか、自分の勘がそれほど外れていなかったことがうれしく、地名というのは本当に面白いなぁと、また一人で感心していた。きっとこういうことは日本全土であるはずだ。地名からいろいろと想像できることは多く、こういうのも調べて日本を回るのもきっと愉快なはずだと、自宅へレンタカーを走らせながら妻と話したことを覚えている。

と、前書きが長くなったしまったが、まさにそんなことを50年も前にやっていたのが、この『日本の中の朝鮮文化』という紀行シリーズを残した金達寿氏。金達寿については、以前司馬遼太郎との対談本で名前は覚えていて、話す内容も面白くて気にはなっていた。この人は結構有名な文学者で、在日朝鮮人文学という点では第一人者とも言える。とまあ、あくまで文学者であり歴史学者ではないので、その辺は注意して読む必要はあろうが、どこか司馬遼太郎の『街道をゆく』に似た雰囲気で面白い。そして読みやすい。

この第一巻は関東編。もうすぐ関東に行くことになっているので、何か立ち寄れる場所がないかと読んでみた。特に印象に残ったのは高麗神社。文学仲間とのドタバタも面白く、ここは是非行ってみようと思う。

しかし、こう読んでみると、朝鮮文化がいかに広範囲で日本文化に影響していたか。正直驚いてしまった。九州については、地理上、古代から関わりが深かったのは知っていたが、まさか関東でもこれだけ出てくるとは。そしてあとがきの後にもさらに補足されていたりと、まだまだほかにもありそうだ。あくまで金達寿が個人的に気になったところを歩き、そこに暮らす人々の話を聞くというテーマなので、学問的に網羅しようというものではない。後の時代の研究者の参考になればという言葉もあったくらいだ。

このシリーズは司馬遼太郎の『街道をゆく』と同様に、どこか旅に行く前には必ずチェックしようと思う。必ず道中の寄り道のアイデアが出てくるはずだ。