ハト場日記

Working, Reading, and Wondering

ハインライン『夏への扉』

私たち人間が進むべき理想的な社会とは何か。そのヒントのようなアイデアはSF作品で見つかるのではないかと最近ふと思い、著名な作品を読んでみようと手に取った。 その一冊目が本書『夏への扉』。アメリカのSF作家ロバート・A・ハインラインの代表作のよう…

中野孝次『清貧の思想』|清貧なる「はみ出し者」の社会はいかなるものか

バブル崩壊のまっただ中とも言える1992年にベストセラーとなった『清貧の思想』。この本のことを知ったのは確かこの朝日新聞の記事だった。 www.asahi.com なるほど、これは読んでおいたほうが良さそうだと買い求め、しばらく積んでいた。 その後、まったく…

トマス・ピンチョン『ブリーディング・エッジ』

元不正会計調査の"シングル"マザー。21世紀に入ったばかりのニューヨーク。911を巡る陰謀。死体。家族。ロマンス。逃亡。歪みを見せ始める資本主義社会。まだまだ記憶に生々しい911を背景とする、陰謀系探偵小説。ただし、それほど謎解きもないし、単なる探…

デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』

グレーバーの名前を知ったのはいつ頃だろうか。彼が2020年に亡くなったときに驚いた記憶があるので、恐らくこの本が発売された頃か、あるいはもっと前の、オキュパイ運動の頃か。記事レベルでは何度か読んでいて気になり、絶版になる前にと気になる本を買い…

2021年に読んだ本を振り返る

2021年も残すところあと2日。今年もコロナのおかげで読書が捗った一年だったようで、読書メーターで2021年に読んだ本をまとめてみたら、今年は合計で60冊読んでいた。基本的に読む速度はそれほど速いほうでもないし、それに加えて、人文系の時間のかかる本や…

倍賞千恵子『お兄ちゃん』

『男はつらいよ』シリーズでさくらを演じた倍賞千恵子が、渥美清との思い出を中心に語る。渥美清とはどういう人だったのか。倍賞さんからすると、寅さんが演じる愚兄とは真逆で、いつも自分の幸せを気にかけてくれる、面白い話を聞かせてくれる、相談にもち…

小林信彦『おかしな男 渥美清』|神格化されていない渥美清評伝

評論家小林信彦が渥美清の思い出をまとめた「評伝」。神格化されている渥美清を冷静に語り、ときには非常に厳しい。それゆえ信頼が置ける。 渥美清との距離感としては、何でも打ち明けられる友人ではないが、顔を見ればゆっくり話したくなる、気に入っている…

金達寿『日本の中の朝鮮文化(1)相模・武蔵・上野・房総ほか』

日本の地名に隠れている朝鮮文化の面影。そんなことを考え始めたのは数年前、北九州市に旅行に行ったとき。レンタカーに乗って福岡から門司港に向かう途中、唐戸市場という場所に寄った。到着するちょうど手前、信号で止まっていたとき、交差点の標識をぼー…

久しぶりに古本大量購入

久しぶりに古本屋さんで大量購入。 どこまで読んだか少しうろ覚えだったが、リンカーン・ライムシリーズが安かったので何冊かカゴに入れてから、何かのギアが入ってしまったようで、その後どんどんカゴへ投入。推理小説系はほとんどジェフリー・ディーヴァー…

ゴーリキー『どん底』|に・ん・げ・ん。って素晴らしい!のか?

ロシアの作家、ゴーリキーによる戯曲。先日仕事で最悪なフィードバックをもらって以来落ち込んでいる私ですが、「仕事で大失敗したときにおすすめ」といった感じでどこかのブログで紹介されていて手に取った作品。蓋を開けると(ページをめくると?)、仕事…

エラ・バーサド/スーザン・エルダキン『文学効能事典』

仕事で大失敗して、この暗く落ち込んだ精神を救うべくすがるように手に取った本書。 心身の様々な病、悩みに効能が期待される書物を紹介した本書。ほぼ海外の小説を扱っており、未翻訳のものも多いため、原書よりも取り扱っている書籍数が大きく減っているが…

チョン・セラン『フィフティ・ピープル』

ふと、この世界には人が多すぎる、と思うことがある。外を少し歩いてみるだけで、何人、何十人、場所によっては何百人の人を見かける。自分の人生、生活だけを考えるのにも精一杯なのに、この人たちにも一人ひとり、同じ大きさの世界、生活があると思うとめ…

映画『21世紀の資本』|(僕みたいに)書籍版に挫折したあなたに

トマ・ピケティ『21世紀の資本』を基にしたドキュメンタリー作品。トマ・ピケティ本人が監修、出演となっている。ほかにも、ポール・メイソン、スティグリッツ、フランシス・フクヤマなど、自分ですら名前を知っているような人も出ていた。 書籍の『21世紀の…

中条省平『カミュ伝』(インターナショナル新書)

最近出版されたばかりのカミュの評伝。 著者は100分de名著で『ペスト』を紹介した中条省平氏で、最近光文社から『ペスト』の新訳も出している。 カミュの人生を時系列に追いながら、随所で主要作品の解説が入っている。もう少しボリュームが欲しかったが、新…

中野孝次『すらすら読める徒然草』(講談社文庫)

先日読んだ『すらすら読める方丈記』に続いて、同じ著者による徒然草も読んでみた。 yushinlee.hatenablog.com こちらは全訳というわけではなく、ベストアルバムのような構成になっている。テーマごとに章立てられていて読みやすいが、著者本人も言っている…

酒井正士『邪馬台国は別府温泉だった!』(小学館新書)

「邪馬台国は別府温泉にあり」という面白い説を紹介する本書。著者はヤクルトの研究所で生命科学、生物工学分野の研究の経験を持つ酒井正士氏。古代史としてはアマチュアなのだが、邪馬台国研究者としては、いわゆる門外漢という経歴も珍しくないと思う。全…

中野孝次『すらすら読める方丈記』(講談社文庫)

Kindleで積んでいた方丈記。読んでみたら驚くほど面白い。資本主義型金儲けに嫌気がさしてきた現代には最適かもしれない。 前知識はまったくなく、学校で習ったはずなのに、随筆ということすら忘れていた。 読んでみると、当時の災害の様子を克明に記録した…

斎藤幸平・編『未来への大分岐』第二部:マルクス・ガブリエル

第二部はマルクス・ガブリエル(MG)との対談。 第一章では「ポスト真実」を取り上げる。 哲学を使ってよりよい社会を作るのにどう貢献できるのか。MGはメディアでの露出も多く、個人的にはそれほど追っていなかったが、哲学者としてではなく、メディアに人…

ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『忘却についての一般論』

人間とはどんな場合でも一人だけでは生きていけない。 ここに他者との関係を完全に断ち切った一人の女性がいた。自分が住むマンションの入り口にセメントの壁を作り、その後30年もその空間だけで自給自足の生活を送った。部屋の外では内戦が続くアンゴラとい…

高木 彬光『白昼の死角』(光文社文庫)

戦後間もない混乱した日本を舞台とする推理小説。より具体的には金融推理小説、あるいは経済推理小説なのだろうか。戦後という貧しい日本だが、逆に言えばそこには大きなチャンスがあった。当然、本作で繰り広げられる詐欺に手を染める悪党どもにもうってつ…

斎藤幸平・編『未来への大分岐』第一部:マイケル・ハート

斎藤幸平との対談形式でまとめられた『未来への大分岐』(集英社新書)。 第一部はマイケル・ハートとの対談。初めて聞く名前だったが、話を聞いてみると編者の斎藤幸平と非常に親和性が高いというか、インスピレーション元にもなっているのではないかと勘ぐ…

2020年に読んだ本を振り返る

2020年も残すところあと数日。月並みだが、あっという間の1年だった。コロナが世界を震撼させた1年だったが、個人として振り返ると、思ったほど影響がなかったような気もする。 さて、これまた月並みだが、今年読んだ本を振り返ってみた。読書管理をしている…

余華『兄弟』|時代に抗うことはできないのか

忘れるなよ。オレたちは兄弟だぜ あの文化大革命から、現代に続く開放経済時代にわたり、その流れに翻弄された兄弟と、その周辺の人々の生き様を通し、中国の人々の「経験」を見事に描いた作品。血なまぐさく、時には笑い、時には泣き叫び、それでもなんとか…

井伏鱒二『黒い雨』

おおい、ムクリコクリの雲、もう往んでくれえ、わしらあ非戦闘員じゃあ。おおい、もう往んでくれえ 毎年この時期には太平洋戦争関連の本を読んでいる。今年はコロナで頭がいっぱいだったのか、気がついたら8月6日を迎えていた。これはいかんと本棚を見たとこ…

ディケンズ『オリバー・ツイスト』

「すぐ前をご覧ください、お嬢様。その暗い水面を。心配したり、悲しんでくれたりする人もなく、川に飛び込んで人生を終える人なんて少しも珍しくありませんわ。何年先か何ヶ月先かわかりませんが、私はそんな風に人生を終えるんですわ、きっと」 ディケンズ…

池上英洋『よみがえる天才2 レオナルド・ダ・ヴィンチ』と旅の思い出

レオナルド・ダヴィンチの生涯と作品をざっと紹介する入門書。 芸術だけでなく発明家としても知られる、万能型の天才。実はかなりの努力家。そして未完成品ばかり生み出していたため、実際に完成品として残っているものが少ない。ヨーロッパに行くと、ミケラ…

中島岳志『保守と立憲』

中島さんのことを知ったのは、NHKの100分de名著 オルテガ「大衆の反逆」。そこで語られたリベラル保守、死者と共に生きるという考え方に惹かれ、図書館で見つけた本書を手に取った。 様々な媒体に掲載された評論・論考を集めた本書。章立てられてはいるが、…

ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』

失明した男は両手を眼にもっていくと、身ぶり手ぶりで言った。なんにもない、まるで霧にまかれたか、ミルク色の海に落ちたようだ。 感染者が視力を失い、すべてが真っ白に見えてしまう謎の伝染病「白い悪魔」が広がった世界を描いた作品。 独特な語り口だ。…

サマセット・モーム『コスモポリタンズ』

ひょっとすると自分には(まだ)ほかの生き方があるのではないかという一種の開放感を感じた一冊。 「こんな話がありましてね・・・」で始まりそうな小噺が満載の短編集。こんなおじさんが親戚にいたら楽しいに違いない。 元は「コスモポリタン」という雑誌向け…

カレル・チャペック「いろいろな人たち」

カレル・チャペックはチェコの作家。「ロボット」という言葉の生みの親だそうだ。兄のヨゼフ・チャペックも有名な画家で、本書のカバーもお兄さんの絵らしい。このヨゼフはな地図の強制収容所で亡くなっている。 これは弟のカレル・チャペックのエッセイ集。…